東京地方裁判所 昭和48年(ワ)930号 判決
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【判旨】
(一) 被告会社は、被告邦昌により、昭和四五年二月三日、個人並びに法人の計算(ただし、税務計算を除く。)。電子計算機並びに会計機等による商業帳簿類及び財務書類等の作成等を目的として資本金はひとり被告邦昌のみが出資して設立された会社である。同被告が右会社を設立した意図は、同被告自身は税理士や公認会計士の資格を有していなかつたものの、同人の実父である訴外大竹賢三が生前東京都内で税理士事務所を開業していたところから、昭和四四年九月に同訴外人が死亡したのち、他から税理士資格ある者を迎え入れるなどの方法により、実質的に右父の営業を引き継ぐことを意図したものであつた。
(二) 被告邦昌は、被告会社の設立に伴い同会社代表取締役に就任してその経営を始め、一方、被告河合も被告会社の設立と同時に、被告邦昌と共同して同会社代表取締役に就任したが、同被告が右代表取締役になつたのは、大竹賢三の存命中に同人の前記税理士事務所でその一事務所の責任者として働いていたところ、被告河合は被告邦昌の叔父(被告邦昌の実母である被告きんの弟)にあたり、税理士や公認会計士の資格は有していなかつたものの、企業診断士なる資格を有し、被告会社の業務遂行上有益な人材であつたことによるものであつた。しかるところ、被告会社の業務執行は専ら被告邦昌のみが行い、被告河合は、専ら計算機の操作、計算事務その他の事務に従事するにとどまり、同人が被告会社の代表取締役名義で行つていたのは社会保険関係の書類を当局に提出していた程度にすぎなかつた。
なお、被告河合は、被告会社を退職し、昭和四七年一月ころから以降は被告会社に常勤していない旨申し述べるが、右事実を確認するに足りる確たる証拠はない。
(三) 被告きんは、被告邦昌の実母であつて、被告邦昌との身分関係上、同被告の求めにより、被告会社設立のためにのみ取締役としての名義を使用することを承諾して被告会社の取締役となつたものであり、被告会社の資本金を出資したことはなく、被告会社の業務用資金についても、これまで電子計算機を購入した際に、その資金として二、三〇万円を被告邦昌に供与したことがある程度で、それ以上に進んで被告会社の業務はもとより単なる事務にも関与したことは一切なかつた。同被告は、昭和四八年三月二八日、原告田中の妻である田中智子、被告邦昌らと共に本件貸金の返済交渉のために一堂に集つた席上、右田中智子に対し、本件貸金の返済猶予を懇請する発言をしたが、それも、被告邦昌の実母であるという立場からしたものであり、具体的な返済計画を話し合つたことはなかつた。また被告伸秀は、被告邦昌の弟(昭和二〇年生)で、被告会社の監査役になつたものの、その後しばらくして監査役を辞したものであつて、現在は、単に登記簿上、退任の登記がされずに残存しているにすぎない状態である。
なお、被告会社においてはこれまで株主総会、取締役会が開催されたことは一度もなく、被告河合、同きん及び同伸秀らは、そのうち被告河合において被告会社に常勤をしていた関係上従業員程度の給料の支給を受けていたのを除き、他は一切、給料、報酬等の支給を受けたことはなかつた。
(四) ところで、原告会社は米菓原料の加工等を業とする会社で、原告田中は同会社の代表取締役であり、原告らは、前示のとおり、昭和四七年三月三〇日から同年六月二七日までの間に、前後六回にわたり、合計金一九〇〇万円を被告邦昌に貸付けたが、原告らが右貸付をするに至つた経緯は、被告会社において原告会社からその会計事務の処理の委託を受けて取引関係があつたところ、同会社の代表取締役である被告邦昌から、不動産投資等の資金の借用方を懇請されて貸付けたものであつた。
また、被告会社が本件小切手(1)ないし(4)を振出したのは、原告らに対する右連帯保証債務の履行を担保するためであり、右小切手の振出日付は昭和四八年三月三一日(本件小切手(1)、(2))、同年四月一六日(同(3))、同年五月一〇日(同(4))になつているところ、被告会社は同年五月に不渡りを出して倒産し、原告らがその後、支払の呈示をしたのに、いずれも取引なしとの理由により支払が拒絶されたが、本件各小切手は右の各振出日付の日に振出されたものではなく、被告会社が原告らとの間で連帯保証契約を締結した当時のころ、振出日を貸金の弁済期日に合わせ、先日付のものとして振出されたものを、その後、弁済を猶予するため、一回又は二回にわたり振出日の日付を書換え、延長して前記のような日付になるに至つているにすぎないものである。
(五) そこで、被告会社が倒産した原因について考察する。
被告会社は、その設立当初ころの取引高は、月商六、七〇万円程度で、従業員の給料等を支払えばほとんど利益が残らないような状態であり、その後、昭和四八年五月一二日、二度目の不渡りを出して倒産するに至つた時点までに、取引高が飛躍的に増大したと窺い知りうる資料はなく、また、右倒産時点における資本金も金五〇万円にすぎず、業務上必要な器具、備品類のほか、他に目ぼしい資産があるとも見られない状態であつた。そして、被告会社では、原告らから本件貸付を受ける前の昭和四六年暮ころには、従業員の給料の支払をも遅滞するような状態になつていたものであり、それにもかかわらず、確たる返済の見通しもないまま相当多額な右貸付について本件連帯保証をし、本件小切手(1)ないし(4)を振出したのは、被告会社の支払能力を超えたものであつた。
以上の事実を総合して考察すれば、被告会社の倒産した原因は、被告会社の右のような資産、経済状態を顧慮することなく業務執行にあたつていた被告邦昌の放漫経営にあるといえる。<中略>
3 以上認定の事実に基づき、被告河合、同きん及び同伸秀の三名について、商法二六六条の三(被告伸秀については同法二八〇条、二六六条の三)所定の取締役ないし監査役として責任が認められるかどうかについて考える。
(一) 思うに、株式会社の代表取締役は、対外的には会社を代表し、対内的には業務全般の執行を担当する職務権限を有するものであるから、忠実にその職務を行い、ひろく会社業務の全般にわたつて意を用いるべき義務があるから、他の代表取締役の業務執行にことさらに意を配ることなく、その任務懈怠行為までも看過するに至つた場合には、自らも悪意又は重過失によりその任務を怠つたものというべきである。
これを被告河合についてみると、前記認定事実によれば、同被告は被告会社代表取締役の地位にありながら、その職務をほとんど行わず、会社の業務執行を被告邦昌に任せきりにし放置していたものというべきであるから、同被告は少なくとも重大な過失により被告会社の代表取締役としての職務を懈怠したものと認めるのが相当である。
尤も、同被告が被告会社の代表取締役となつた経緯、被告会社の業務執行は被告邦昌が専行していた事実、被告河合の現実に担当していた業務内容などについては前記認定のとおりであるが、本件全証拠を検討しても、被告河合が代表取締役として被告邦昌の業務行為に関与しその是正をはかることが期待しえないような事情にあつたとまでは認めることはできない。それ故、右認定の諸事情をもつて被告河合に過失の責なしとすることはできない。そして、被告河合の右任務懈怠と原告らの損害発生との間に相当因果関係があることは、前記認定の事実からして優に認めることができる。
(二) 次に、株式会社の取締役は、代表取締役の業務執行を監視監督し、それが適正に遂行されるようにする職責があるというべきであり、前記認定事実によれば、被告きんは、それにもかかわらず、取締役としての職務を十分に行わなかつたことは否定できないところであるが、前記認定の事実によれば、同被告は被告会社設立のための全く名目的な取締役であつたのみならず、被告会社とのかかわりの状態からみて、被告会社においては同被告に取締役としての前記権限の行使を期待することがはなはだ困難な状態にあつたものというべきである。それ故、同被告については、取締役としての職務の懈怠につき未だ故意又は重大な過失があつたと認めることはできない。
(三) 次に、株式会社の監査役(ただし、昭和四九年法律第二一号による改正前の商法による。)は、会社の業務決定機関ではなく、事後に取締役に会計報告を求めたり、会計に関する書類を調査して株主総会にその意見を報告する職責を有するにすぎず、代表取締役の業務執行を事前に抑止する立場にはないから、前記認定事実によつては未だ被告伸秀が重大な過失によりその任務を懈怠したと認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。
(宇野栄一郎 榎本克巳 市川正巳)